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2015年4月28日

”働く”を”楽しい”にする3つの要素

こんにちは。グループホームいずみの吉田です。

今日は、なぜ「キツイ、汚い、給料安い、休暇がとれない、彼氏彼女できない、結婚もできない、子供も産めない・育てられない、・・・」等3Kだの7Kだのと言われている介護の仕事をしているのか?についてお話してみたいと思います。

あなたはなぜ働くのか?について考えたことはありますか?
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お金のため?
社会的な地位のため?
自分の居場所作りのため?

多くの人にとってはお金のためかもしれません。なにせ生活の糧ですからね。
もちろん必要です、お金。
私も大好きです、お金。
もっといっぱいあったらいいなぁとも思います。
しかし「仕事=お金」という感覚ではないんですよね。なんだか。
ぼんやりとそんなことを考えているときにこんな動画に出会いました。

Dan Pink : The Puzzle Of Motivation (やる気に関する驚きの科学)

ダニエル・ピンクさんはキャリア・アナリストで、アル・ゴア元副大統領のスピーチライターだった方です。そのTEDスピーチの中でこんなお話がありました。

金銭的なインセンティブは、全体的なパフォーマンスに対してマイナスの影響を持ちうる。
ルールが明確で答えがすぐに導き出せるようなものでは、金銭的なインセンティブが機能し得るが、我々が直面している21世紀的な答えのないタスクで高いパフォーマンスを発揮しようとするのであれば、アメとムチではなく全く新しいアプローチが必要である。
そのアプローチとは、内発的動機付けに基づくアプローチである。
重要だからやる。好きだからやる。面白いからやる。
新しい運営システムのための3つの要素。自主性・成長・目的。
自主性:自分の人生は自分で決めたいという欲求
成長:何か大切なことに対して上達したい
目的:私たち自身よりも大きな何かのためにやりたい

詳細は動画をご覧いただきたいのですが、このスピーチを聞いて自身の活動の原動力となっていることの言語化をしてもらった気がしました。

私はグループホームにおける認知症ケアをより良いものに!ということと並行して、「認知症フレンドリーなまちづくり(※)」に向けた活動も行っています。
(※)認知症フレンドリーとは、単に認知症の人に優しい人が多いということではなく、認知症の人が必要以上に自分の障害を感じずに、“普通の暮らしができる”ような機能が備わっている。という意味です。

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認知症フレンドリー社会をどのように実現するか?
http://www.glocom.ac.jp/events/623

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RUN伴
http://runtomo.jimdo.com

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超福祉展
http://www.peopledesign.or.jp/fukushi/

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Dシリーズ(全日本認知症ソフトボール大会)
http://d-series.jimdo.com

その活動は、会社から「これやって」と指示が出ているわけではなく、活動に参加することで報酬が得られるわけでもないのですが、ライフワークとして私の生活に組み込まれています。
なぜ私がライフワークとしてこの活動を行っているのか、上記の3つの要素に当てはめて考えてみました。

自主性:自分でやってみたいことを考え行動に移しています。
成長:一事業所の中で決まった仕事をしているだけでは出会えないような人との出会いからの学び・発見が得られます。より広いフィールドで活動してみたいという意欲が湧きます。
目的:固定概念化した介護の仕事の枠を超えた活動をしたい。認知症フレンドリーを切り口に、まちづくりへのアプローチをしたい。

これらの取り組みは、社会的にも重要なことですし、取り組みの内容が好きですし、なにより活動していて面白いです。
やりたいこと、取り組みたいことなどは人それぞれだと思いますが、様々な人が様々な切り口で「重要なこと・好きなこと・面白いこと」を発信していけたら、もっと介護という仕事のイメージが変わっていくのかな?と思っています。

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そういえば、そんな取り組みに挑戦できる弊社では、素敵な人材を募集しています。
「こんな取り組みをしてみたい」
「こんなアイデアもってるんだけどどうだろう?」
「具体的にはわからないけど、介護を通してなにか面白いことをしてみたい」
などなどなんでも結構です。まずはお話するところから始めましょう。
求人ページ:https://carehome.co.jp/contents/recruit/ よりお問い合わせください。
一緒に「重要なこと・好きなこと・面白いこと」に取り組んでみませんか?

2015年3月17日

チエさんの一日

こんにちは、グループホームいずみのです。
スタッフの一日シリーズ第二弾!今回は子育て世代代表、グループホームいずみのスタッフのチエさんに密着!

9:00 出勤
チエさんは3人のお子さんを育てる現役ママ。下の子を保育園に送ってから出勤します。(通常の日勤時間帯は8:00)
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スタッフプロフィール:
チエさん。前職は介護老人保健施設スタッフ。バリバリの信州人。家の野菜や漬物(とてもおいしい)をたくさん差し入れしてくれる。お子さんの通う保育園でインフルエンザが流行っているためマスク着用中。

チエさん :「外寒かったよお〜」
利用者さん:「冷たいおててだ。こっちおいで〜。」
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まずは夜勤の人から申し送り事項を聞きます。利用者さんの状態、今日の予定などを把握します。
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申し送り中に利用者さんから買い物の指示が。
グループホームいずみのは利用者さんと食事を作る日があります。
前日〜当日の朝に献立を決め、食材の買い出しに行くのですが追加の注文があるとのことで言いにきてくれました。

買い出しリストを携えて、いざ買い物へ!
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いずみのの自慢は景色の良さ!
買い物に行くにもこの景色です。車窓からの眺めに、一緒に出掛けた利用者さんたちも「素晴らしい」「今日は最高の日だ!」と絶賛!
ご夫婦で入居されている利用者さん(数日前から夫婦喧嘩中)と行ったのですが、景色を見ながら仲良くお話されていました。良い気分転換になったのだと思います。

買い物はだいたい農協(この日はピアみどり)を使います。
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「舞茸はどれがいいかね?」

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「あさりはどれがいいかね?」
主婦歴◯十年の利用者さんに目利きしてもらいます。

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「けっこうお値段するのね〜」
この日は節分だったため、巻き寿司も買います。

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買い出しリストで抜け漏れチェック!

お会計を済ませ・・・・・
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予算オーバーです (((( ; º Дº )))))    
お寿司が予想以上に値段を釣り上げたらしく
チョコを諦めました。
他のお菓子も諦めました。

ホームに帰り、買い出ししてきた食材で料理を始めます。

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利用者さんの盛り付けのサポートをしたり

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味見を頼まれたりします。
(熱々のお汁を味見させられるチエさん。)

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「あっついわ!!!」(利用者さん大爆笑。)

いずみのの2階の利用者さんは9名。
スタッフは、食材を切る・調理する・盛り付ける等の仕事を同時にすすめていく何人もの利用者さんたちのサポートを、”いい感じ”の動きで行います。
(この日のメニューについては、詳しくはこの記事で。)

12:00 昼食
利用者さんたちと一緒にご飯を食べます。

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和気あいあい。
「恵方巻きは黙って食べるんだって〜」とおしゃべりしながら(あれ?)食べました。

食事のあとは、みんなで片付け。
洗い物担当・食器拭き担当と、利用者さんたちは各々ご自分の役割を持っています。
共同生活をするなかで、スタッフ・利用者さんともに試行錯誤しながら出来上がった役割分担です。

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出来上がった役割分担と言いましたが、
この日は普段は洗い物をされない利用者さんがやる気になった様子。

いつも洗い物担当として動いてくれている利用者さんは
「やる気の人にやってもらえばいいの。」とちょっと悔しそうに台拭きをしてくれました。

一人ひとりの利用者さんが、主体的にホームの生活に関わっていく過程の中で、いわゆるご近所さんたちが、公民館等で一緒に何かするときみたいな雰囲気になってきます。すなわち、小さい規模のコミュニティになるということです。

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こちらの方は食器拭き担当。
立ち仕事は腰が痛くなるとのことで、食器拭き担当になりました。
皆さん積極的にお仕事してくださいますが、スタッフからの「いつもありがとうございます。」の一言が大事。
みなさん、身近な人に「ありがとう」って言葉で伝えてますか?

12:30 休憩
交代で休憩をとります。

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いろんな人向けの交流スペース(時間帯により休憩室)からの景色がこちら!八ヶ岳が真正面に見えます。
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休憩後、利用者さんを誘ってお汁のアサリの殻を洗うチエさん。
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このアサリを使って貝殻のストラップを作るんだそうです。
ストラップは地域の中学生にプレゼントする予定です。

「オレも混ぜろ(方言で、「私も一緒にやるよ。」の意味)」と別の利用者さんも来てくれました。
おしゃべりしながら作業は進みます。
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どんなものが出来上がるのか。乞うご期待です!
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一仕事終え、利用者さんの足がむくんでいることに気づくチエさん。
むくみに効果があるアロマオイルでマッサージをします。
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アロママッサージについてはこの記事で。

「気持ちよかったなあ〜。オレもやってやる。(方言で「私もお返しでやってあげるよ。」の意味)」とお礼の肩たたき。笑
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15:00 お茶
お茶の時間です。
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ホームの収益のために利用者さんの水着写真付きの漬物を販売しよう、というとんでもない話で盛り上がっています。
「水着がないから、さっき洗ったアサリで隠そうか!」
「いやいやせめてハマグリでお願いしたいねえ〜!」
「ハマグリは高いからダメだよ!儲けが出るまでアサリだね!」

ご家族はびっくりされるのではないでしょうか・・・笑

15:30 退勤
利用者さんたちとお茶を飲んだら退勤です。
利用者さんたちも、チエさんの保育園のお迎えの時間を気にかけており、「おめさん早く帰れ(方言で「あなた、早くかえりなさいよ」の意味)」と声をかけてくれます。
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ちなみにチエさんが背負っている紫色のベストみたいな物は、
南信州に古くから伝わる防寒着で「ねこ」といいます。
作業しやすいように袖はなく、背中が温まる形状になっています。
利用者さんでもめったに着ていない信州の伝統着を、ナチュラルに身につけるチエさんが好きです。

そういえば当社では、職員の求人をしております。
求人情報はこちら

興味がある人、チエさんや利用者さんに信州の伝統を教わりたい人、
ご連絡お待ちしていますっ!

2015年2月16日

認知症をニンチと呼ぶことについて

こんにちは。グループホームいずみの 吉田です。

「認知症」という言葉。
最近では色々なところで耳にする機会が増えてきているのではないでしょうか。少し前(2004年)まで「痴呆」という言葉が使われていました。みなさんの中にも聞いたことがある方も多いかと思います。

世間一般に使われていた言葉。
なぜ時間と労力をかけてまで呼称の変更をしたのでしょうか?

「痴呆」を辞書で調べてみると、

愚かなこと。愚かな人。

とあります。
「痴」という字には、「愚かなこと、馬鹿」という意。
「呆」という字には、「愚か、馬鹿」「阿呆」という意。
つまり痴呆老人と書くと、馬鹿アホじいさん・馬鹿アホばあさんということになってしまいますよね。これを普通に行政用語としても公式に世の中で使われていたわけです。

それは差別や偏見も甚だしい!人権はどこに?さすがにマズいよね!ということで、「痴呆」から「認知症」に呼称が変更になったのです。

しかしその流れに逆行するかのような行為がタイトルにもある「ニンチ」という呼び方だと私たちは考えます。なぜ「認知症」を「ニンチ」と省略することに問題があるのでしょう?

主にそんな光景を見かける場面を見てみましょう。
残念ながら「ニンチ」と使っている人の多くは医療福祉従事者です。省略することで精通している感じ・熟練者っぽさを醸し出すことができるような感もあります。
「あの人ニンチだからさ」
「ニンチの人でしょ?」
「ニンチ進んじゃったね」
こんな場面を、耳にしたことある方もいらっしゃるかもしれません。

省略することのデメリットは以下の3つに分けられると思います。

【1】そもそも日本語として意味がおかしい。
「認知」という言葉を辞書で調べてみると、

(1)それとしてはっきりと認めること。 「目標を-する」
(2)法律上の婚姻関係にない男女の間に生まれた子を,親が戸籍法の手続きによって,自分の子とする。認知されるとその子は非嫡出子となる。自発的に行うことを任意認知,裁判による場合を強制認知という。
(3)〘心〙〔cognition〕 生活体が対象についての知識を得ること。また,その過程。知覚だけでなく,推理・判断・記憶などの機能を含み,外界の情報を能動的に収集し処理する過程。(大辞林 第三版より)

とあります。
認知できることは正常とされており、認知能力の低下した状態が認知症であるとしているのに、ニンチがある=認知症だとなんだかよくわからない日本語になっちゃいますよね。言語能力を疑われてしまいます。

【2】事実関係が誤って伝わってしまう。
認知がある=認知できる、正常であるということですが、
「ニンチ」を普段から使っている人との会話では、ニンチがある=認知症であるという意味になってしまいかねません。
なんだか会話がちくはぐになってしまいます。
「どっちやねん!?」です。(なぜか関西弁)

【3】自らの専門職としての信用を失墜させてしまう。
「ニンチ」という呼称に危機感をもった人はたくさんいます。
そして、そういう人たちの多くは認知症に対して、介護に対して、福祉に対して、地域づくりに対して、先進的に取り組まれている方が多いです。
うっかり「ニンチ」と言ってしまおうものなら、「あれ?」と思われてしまう可能性大です。
一瞬で信用ガタ落ちです。

また、「ニンチ」と省略する場面での会話として
「あの人ニンチだからさ・・」
この「・・」に隠れた言葉・思いとして、
「どうせすぐ忘れるでしょ」
「どうせわからないでしょ」
といった意があるように感じられます。この見下した・人権への配慮の感じられない言い回しからの脱却こそが、痴呆から認知症への呼称変更の狙い・目的であったのに、まさに逆行する行為になってしまっています。

このように「ニンチ」と省略することにメリットは見出せないので、省略しないに越したことはないと思うのです。

さて認知症と呼称が変更されてから約10年。
「ニンチ」と呼ぶ人がいる一方で、ここ最近では、認知症に関して少しずつ理解が深まり、
・認知症になったからといって何もできなくなる、わからなくなるわけじゃない。
・認知症になっても適切な支援や周りの理解があれば、主体的に生きていくことができる。

といった認識の変化が広まってきました。私たちもグループホームでの実践を通して経験としてそれを感じています。また、認知症当事者によるワーキンググループが昨年末に発足し、「私たち抜きに私たちのことを決めないで!」とメッセージを発することで、その声が国策にまで反映される運び(新オレンジプラン)となったことも記憶に新しいです。

なんだか認知症に関して新しい扉が開きそうな予感がしませんか?
私はそう感じています。
今はまだ「認知症」という言葉には、ネガティブな印象が強くある感が否めないですが、日々の取り組みなどから少しずつでもそんな新しい扉につながることを発信していき、認知症になっても変わらず暮らしていける地域づくりに取り組んでいきたいと考えています。

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先日の買い物の一コマ。困ったときに助けてくれる人がいれば、ゆっくり支払いするのを待ってくれる店員さん・他のお客さんがいれば、お買い物も楽しめるのです。